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えと、そもそもですね、アメリカでは年齢による上下関係という概念が薄い。兄弟は上も下もbrother。姉妹は上も下もsister。先輩・後輩、にぴったりした表現がないので、日本語/英語バイリンガルの人同士だと、英語で話してても、He’s my senpaiとか言ったりする。(普通の英語の会話だったら、he’s my co-worker)。そもそも気にしていないので、日常生活の中で相手の年齢を聞くことがあまりない。

その上さらに雇用における年齢差別禁止の法律もあるので、雇用時にはさらに注意深く年齢を聞かないことになっている。

だから、

「そもそも誰にもあなたの年齢などわからない」

のです。

アイドルは距離感のゲームだと思っているから、自分の好きな距離感に合わせられるかどうかが大事だと思う。近すぎてもダメだし遠すぎてもつまらないし、個人的なことを知っても意味がないし、ステージでどんなことをやってくれるのかが自分にとっては一番大事。

アイドルヲタとしての最終目標って、繋がることでもないし、付き合うことでもないし、セックスすることでもないし。自分がその子のことを一番好きなのは、その子がアイドルとしてステージに立っているときだから、そのアイドルと自分の関係を成立させる距離であったり空間であったりというのが大事なんだと思う。そういう部分が「アイドルは距離感のゲーム」と言っていることの意味で。とことん近づくのが自分の距離感だという人もいるだろうし、完全に書斎派の人もいるだろうし、それは人それぞれだから否定はしないけど。

司会者「ははあ。チューブはOKだけどキリンジはムリってことですね」

kenzee「そう。長渕は童貞ミュージックだが矢沢はヤリチンミュージックだ。ヒップホップもそう。服装やスタイルがヤリチン的だからといって音楽までそのままヤリチンとは限らない。例えばブルーハーブは童貞ミュージックだがZEEBRAはヤリチンミュージックなのだ。繰り返し言うが「童貞ミュージック」の演奏者が童貞というワケではない。あくまで受容する側、聴き手の心の童貞な部分を直撃するか否かにかかっている。ナゴムは童貞ミュージックだがBOOWYはヤリチンミュージックだ。ゆずやコブクロは童貞ミュージックでEXILEは当然ヤリチンミュージックだ。そしてこれは今に始まったことではなくて歴史的に分類が可能なのだ。たとえばはっぴいえんどは童貞ミュージックだがCAROLはヤリチンミュージックだ」

司会者「あ、完全にわかりましたワ。モンゴル800は童貞ミュージックでオレンジレンジはヤリチンミュージックってことですね! AKB48は童貞でモーニング娘。はヤリチンだと!」

kenzee「そうさ。だが、音楽の世界にはときどきどうしようもない「天才」がいて、両方を完璧に兼ね備えた世界を描いてしまう者がいる。たとえばブルーハーツなどは見事にヤリチンでありつつ童貞だ。尾崎豊もそうだ。あれほどヤンキーの心を捉えながら童貞ミュージックたりえている。岡村靖幸など眩暈がするほど見事に両方の要素を兼ね備えている。最近、オレが思うのは「人を感動させる」「人の心をえぐる」というのはつまり、この童貞がヤリチンを、あるいはヤリチンが童貞を越境する瞬間に爆発するなにかなのではないかということだ。速水さんの議論ではよく「オタク」と「ヤンキー」に分解し、民俗学的な分類を図ろうとする試みが見られる。「ケータイ小説的」における「再ヤンキー化」なども要はそういう議論だ。だが、人間とはオタクとヤンキーを同時に内包しているものなのだ。考えてみよう。ヤンキー文化は常にオタク的な線の細さを要求される要素を内包している。暴走族のバイクのカスタマイズやチューンアップなど相当オタクな知識や技術が要求されるだろう。ヒップホップ文化においても一流とされるDJの音楽の知識は凄まじいものがある。また、オタクも部屋に閉じこもってばかりいるかといえばそうでもない。コスプレイヤーなどは竹の子族にも似た開き直りがなければ奇抜な衣装で(手作り)人前にでる、ということはできない。おそらくこの両者(童貞とヤリチン)が微妙なバランスで共存するとき、人は「感動」するのだろう。

悲劇的な結末を「バッド・エンド」と書く人がいるが、英語ではBad endingとは「下手な結末」のこと。「悲劇的な結末」はTragicまたはUnhappy ending。Happyの反対語はBadではない。同様に、Good endingも「巧い結末」なので、Happyとは限らない。
Twitter / @TomoMachi (via shibata616)
darylfranz:

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こんなことをしたら嫌われるのではないかと、何もしない男が一番嫌われる。
世界の名言集 (via d-d-d)

2010-10-25

(via gkojay)

もちろんスウェーデンでも同様にコンドームはポピュラーです。

でも、スウェーデンで使われているのは、

避妊のためってよりも、性病防止のためらしい。


イカさんと話していたんだけど、スウェーデンで言われているのはこう。

『子どもはね、できてしまったらしょうがない。

最悪、おろすこともできる。

おろすか育てるか、2つにひとつ。ゼロかイチしかない。

けど、性病は一生自分の体につきまとうもの。

だから自分の身を守るためにコンドームを使うの』


・・・らしい。


『スウェーデンの大人はね、

お互い初めてのセックスには必ずコンドームを使うの。

だって何も知らない相手の病気が移ったら嫌じゃない。

だから自分を守るために、男も女もコンドームを使う。

そして何回かデートして、何回かセックスして、

もう”彼氏””彼女”かなぁ~。 もうコンドームなしでいいかなぁ~

と思ったら、2人で性病検査に行く。これが普通。』


・・・らしい。

ちょっと日本人の感覚ではわからない部分があると思うので補足すると、

スウェーデンを始め欧米では、

いわゆる”付き合って下さい”っていうのがない。

何回かデートして、セックスして、相性を見て、

それでそのうちに”彼氏””彼女”になるんよね。


プラス、ピルは結構一般的で、私の周りにも飲んでる子いる。

それに結婚→子ども という順番もあまり重要視されないので、

結婚という形をとらないまま子どもを産んで育てることはよくあり、

結婚してなくても親としての責任は発生するので、

お互いに子どもできてもいいなぁと思ったら

婚姻関係の有無にかかわらず、子ども欲しくないならピル飲んで、

子どもできてもイイなら何もなしで。みたいな感じはあるんよね。


で、ですよ。

これまでの話は大人の話で、若者はというと、

ここまでは行ってない。

結構性病にかかっちゃう子もいるみたいなんよね。


国もそれをわかってるんだよね。

セックスするなと言っても、それは無理な話。

じゃあどうするかって言うと、予防することに力を注ぐ。


スウェーデンでは、

15歳になると子宮がん(だっけかな?)の予防接種を打ちます。

だいたいはその時に親が病院に連れて行き、性の話をするらしい。


けど早い子は15歳より前にデビューしちゃうじゃん。

国としては15歳未満のセックスは体に大きな負担がかかるということで、

あまりしてほしくない・・けど、それを止めるのは無理。


それで、

小学校の高学年、女の子だと生理が始まるくらいの時期に

性教育の一環として、看護師が学校に来て一対一で話をし、

全員にコンドームを手渡す、

または学校か国から親に

「お子さんはもうある程度の年齢に達しているので、ご家庭でも性について話し合って下さい」

みたいな文書が行くらしい。


ちなみに、性病の検査は無料。


コンドームも26歳までなら無料でもらえるし、

学校にいけば置いてます。


日本は性教育がすごく遅れていると言いますね。

そこらへんどうでしょうか・・・?

 それでも性のいわゆる性の部分というのはあり、じゃあ、それは自分にどうだったかというと、「 二十歳の原点 [新装版](高野悦子)」が決定的だったかもしれない。17歳18歳のころ、私は高野さんに恋していたみたいだったし、その性の内省を深刻に受け止めていた。このあたりは一言ではいえないのだけど、いわゆる処女厨とは違うものなんだが。

 でも、高野さんについて自分が決定的に勘違いしていた部分があって、その頃、親友というか友だちが、お前、「二十歳の原点序章 [新装版](高野悦子)」読んでないだろ、と言った。そう、なぜか読んでなかったな。読んだ。泣いた。号泣。

 50歳の自分にしてみると、高野さん(未だに自分のお姉さんのような幻想がある)があの運命を辿ったのは処女喪失の問題はあったかもしれないなとは思う。ただ、それでも、自分が青春時代にはその問題は、逆に思っていた。つまり、そういうものは人格性や愛において乗り越えていくもんなんだ、みたいな。

軽く「フフッww」ってなってしまう画像おくれ | うましかニュース